2026年7月20日月曜日

ハンターハンターのジャイロとコアラ|「590」に潜む絶望と救い

どんよりと垂れ込めた雲。窓から差し込む、わずかな光。

その静寂の中で、赤毛の少女を見つめる一匹の獣がいました。

かつて銃を握り、冷徹に引き金を引き続けていたその手は、いま、激しく震えています。

彼が語る言葉は、あまりにも重く、救いがない。

……。

コアラ。

そして、彼の心を縛り続ける、あの絶対的な影。

ジャイロ。

今回は、この二人の「魂の軌跡」と、コアラが口にした謎の数字「590」の真意について、原作の描写をもとに徹底的に追いかけてみます。

※本記事は原作のネタバレを含みます。



ハンターハンターにおける「590」の衝撃!コアラがジャイロの影から逃れられなかった理由とは?

キメラアント編の終盤、あまりにも唐突に、しかし狂おしいほどの熱量で描かれた「コアラの告白」。

皆さんは、あのシーンを初めて読んだとき、どんな感情を抱きましたか?

僕は、しばらく本を閉じられなくなりました。

世界の存亡をかけた戦いが終わり、物語が次のステップへ進もうとする中で、なぜ一匹のキメラアントの「懺悔(ざんげ)」に、あれほど膨大なページが割かれたのか。

その鍵を握るのが、コアラが口にした「590」という、あまりにも奇妙で具体的な数字です。

コアラは、転生したカイト(赤毛の少女の姿)を前にして、静かにこう語り始めました。

「俺が撃ち抜いたのは……」

それに続くのが、彼がこれまでに手をかけてしまった「590」という数字です。

この数字、ただの「被害者の数」として片付けるには、あまりにも生々しいと思いませんか?

もし彼が、完全にキメラアントの本能に支配されただけの怪物なら、自分が倒した人間の数なんて、とうに忘れているはずなんです。

「たくさん倒した」「何百人かだ」と、曖昧に濁すのが普通でしょう。

なのに、彼は「590」と、一の位まで正確に覚えている。

これは、コアラが人間だった頃からキメラアントになった後まで、奪ってしまった命を、その都度ひとつずつ、自分の魂に刻みつけていた証拠に他なりません。

夢の中で、その590人すべての顔にうなされ続けていたのではないか……そう考えると、気味が悪いほどの彼の生真面目さと、深い絶望が伝わってきます。

彼が「590番目」に撃ち抜いたのが、目の前にいる赤毛の少女でした。

コアラは、彼女を「救うため」に撃ったと言います。

これ以上、この救いのない環境で汚されないように。

また次の命のサイクルで、もっとひどい何か(キメラアント)に生まれ変わるくらいなら、ここで終わらせてやったほうがマシだ、と。

それは、処刑人として生きてきたコアラなりの、極限状態における「歪んだ慈悲」でした。

しかし、その少女は、最も皮肉な形で生まれ変わってしまった。

自分の行いが「救済」などではなく、ただの「自己満足」であり、「傲慢(ごうまん)なエゴ」に過ぎなかった。

その事実に直面したときのコアラの絶望を思うと、僕は胸が締め付けられるような痛みを覚えるのです。

ジャイロという「完全なる悪」とコアラの「不完全な魂」

ここで、もう一人の重要人物について考えなければなりません。

NGLの創設者であり、作中屈指の謎に包まれた存在、ジャイロ。

彼はコアラにとって、かつての組織のボスであり、絶対的なカリスマでした。

原作の描写(単行本20巻)によると、ジャイロはキメラアントに襲われて一度は命を落とし、蟻化しました。

しかし、驚くべきことに、彼は女王の精神支配を完全に拒絶したのです。

キメラアントとしての捕食本能や女王への忠誠よりも、己の「個」と「世界への憎悪」が勝った。

彼はそのまま、誰の指示を受けることもなく、たった一人でNGLを去っていきました。

このジャイロの生き様は、コアラにとって、どれほど眩しく、そして呪わしいものだったでしょうか。

ジャイロは「世界を壊す」という純粋な悪意で動いている。

そこには、一切の迷いも、後悔もありません。

一方で、コアラはどうだったでしょう。

コアラもまた、人間としての強い意志と記憶を残したまま、キメラアントになりました。

しかし彼は、ジャイロのように「個」を貫いて立ち去ることはできなかった。

ずるずると蟻の軍団に身を置き、本能に流されるまま、銃を握り続けてしまったのです。

そして、自分が奪った命の数を「590」と、数え続けていた。

ジャイロは、他者の命を数えることすらしません。世界全体を憎んでいる彼にとって、個々の命など、壊すべき対象の一部でしかないからです。

でも、コアラは違った。

彼は、ジャイロのような「本物の怪物」になりきれなかった、あまりにも「人間らしい」存在だったんです。

※ここに自作の関係図(ジャイロとコアラの精神構造の対比。世界への憎悪を貫くジャイロと、罪の意識に苛まれるコアラ、その境界線にある「590」という数字)

徹底比較!ジャイロとコアラが歩んだ決定的な違い

ここで、二人の設定と精神性を表で整理してみましょう。

二人がどれほど似ていて、どれほど決定的に違っていたのかが、一目で分かります。

比較項目 ジャイロ コアラ
過去の境遇 父親からの過酷な扱い、徹底的な孤立 マフィアの処刑人としての暗い日々
世界へのスタンス 悪意を世界中に拡散し、すべてを壊す 自身の業に対する強い嫌悪と後悔
キメラアント化の影響 女王の支配を完全拒絶、「個」を維持して離脱 支配に流されつつも、個の記憶に苦しみ続ける
「590」に対する視点 個別の命の数など、彼にとっては無意味 奪った命の重さを象徴する、呪いの数字
選択した結末 流星街へ向かい、新たな計画を企てる カイトの傍に留まり、死ぬまで贖罪を続ける

こうして並べてみると、二人の対比がより鮮明になりますね。

どちらも「救いのない環境」を生き抜いてきた者同士。

しかし、ジャイロは「他者を拒絶し、世界を壊す」道を選んだ。

コアラは「他者の重みから逃れられず、自身を呪う」道を選んだ。

コアラがジャイロについて語るとき、そこには憧れと、それ以上の恐怖があったはずです。

自分には、あの男のようにはなれない、という絶望。

それが、彼の「590」という数字に、より深い影を落としていると僕は考えています。

【独自の考察】冨樫先生はなぜ「コアラの懺悔」をジャイロのアンチテーゼとして描いたのか?

ここからが、僕が夜中にどうしても書きたかった、最大の考察です。

なぜ、キメラアント編のラストという、物語の極めて重要な局面で、コアラの長い独白が必要だったのか。

ネット上では「次の展開への壮大な伏線だ」と言われています。

もちろん、それは間違いありません。

でも、僕はそれ以上に、冨樫先生による「ジャイロという強烈な悪に対する、もう一つの思想的な答え」が、あのコアラのシーンだったのではないか、と思うんです。

ジャイロというキャラクターは、あまりにも魅力的で、圧倒的です。

一切のブレがなく、キメラアントのシステムすら凌駕(りょうが)するほどの「純粋な悪意」。

読者は、どうしても彼に惹きつけられてしまうし、彼の「世界への復讐」がどう描かれるのか、期待せずにはいられない。

でも、そのままジャイロの物語だけを進めてしまったら、それは「悪の肯定」や「絶望の勝利」になってしまうかもしれない。

だからこそ、冨樫先生はコアラを配置したのではないか、と僕は睨んでいます。

コアラは、ジャイロの元部下であり、最もジャイロの近くにいた男。

その彼が、カイトの前で、ボロボロになりながら自分の罪を告白する。

それに対する、生まれ変わったカイト(少女)の返答が、これまた素晴らしい。

「今度は逃げずに」

この言葉、コアラの魂を、文字通り引きずり戻した瞬間でした。

「死んでリセットする」という安易な終わり方を拒否し、どんなに泥水をすすることになっても、生きて罪を背負い続けろ、と。

これ、実はジャイロの生き方に対する、強烈なアンチテーゼ(反対命題)になっていると思いませんか?

ジャイロは、世界を壊すことで、自分の傷を「外側」にぶつけ、清算しようとしています。

それは、ある意味での「逃げ」なのかもしれない。

対してコアラは、自分の犯した「590」という罪から、もう二度と逃げないことを決意した。

カイトの傍で、その小さな背中を見つめながら、自分が奪った命の重さを一生背負って生きる。

これこそが、冨樫先生が描く、もう一つの「救い」の形なのではないでしょうか。

泥臭くて、カッコ悪くて、でも、これ以上ないほどに人間らしい。

コアラの告白は、ジャイロという「美しき怪物」に対する、泥まみれの「人間の証明」だった。

僕はそう確信しています。

まとめ:コアラの「590」とジャイロの影

最後に、今回の考察と原作の事実を整理しておきましょう。

  • 【事実】
    • コアラは人間時代にマフィアの処刑人であり、ジャイロをボスと仰ぐ組織にいた。
    • コアラは赤毛の少女を撃ち、その後、彼女はカイトの魂を持つキメラアントとして生まれ変わった。
    • ジャイロは女王の精神支配を完全に拒絶し、己の意志でNGLを去った。
  • 【考察】
    • 「590」という数字は、コアラがこれまでに奪ってきた「命の累積」であり、彼が人間性を捨てきれなかった証拠である。
    • ジャイロが「世界への復讐(破壊)」を選んだのに対し、コアラは「罪を背負って生きる(贖罪)」を選んだ。この二人は、極限状態における人間の精神の「対極」として描かれている。
    • カイトがコアラにかけた言葉は、ジャイロの「悪の拡大」に対する、冨樫先生からの思想的な回答(逃げずに生きるという救い)である。
  • 【注意】
    • ジャイロとコアラが今後、原作で直接対決するか、あるいは再会するかは、単行本収録範囲の現時点では確定していません。今後の連載再開での描写が待たれます。

コアラが、自分の犯した「590」という数字と向き合い、逃げずに生きることを決めたあの瞬間。

それは、キメラアント編という、人類と蟻の生存競争の中で、最も「人間が人間を取り戻した」瞬間だったのかもしれません。

ジャイロが向かったとされる、あの場所。

あそこには、未だ回収されていない、あまりにも多くの謎と悪意が渦巻いています。

ジャイロがこれから起こすであろう「変革」について、もっと深く知りたくありませんか?

ジャイロの正体、そして彼が流星街で何を目論んでいるのかについては、こちらの考察記事でさらに詳しく、熱く語っています。

ぜひ、夜更かしのお供に読んでみてください。

ジャイロが目指す流星街の闇!未回収の伏線と彼の正体を徹底解剖する

いつか、あの赤毛の少女とコアラ、術中に落ちた世界でジャイロが交錯する日が来ることを、僕は静かに、でも激しく期待しています。

ハンターハンター ジャイロとは?謎の数字「880」と再登場の噂を徹底考察

ずっと引っかかっていることがあります。

なぜ、あのキメラアント編の緊迫した状況の中で、

本筋の戦いとは一切交わらない、ある一人の男の過去に、丸々一話が費やされたのか。

それも、彼は主人公たちとニアミスしただけで、そのまま舞台から立ち去っていきました。

あの男の名前は。

……ジャイロ。

今回は、未回収のまま残された『HUNTER×HUNTER』史上最大の謎であるジャイロの正体と、ネットで奇妙に囁かれている「880」という数字の噂について、原作の描写を徹底的に掘り下げながら考えてみます。

※本記事は原作のネタバレを含みます。



ハンターハンターのジャイロとは?原作で描かれた絶対的な事実

まずは、考察の土台となる「原作で明確に描かれた事実」を整理しておきましょう。

ここを曖昧にしてしまうと、ただの妄想になってしまいますからね。

原作のキメラアント編において、ジャイロはNGL(ネオ・グリーン・ライフ)という環境保護団体の創設者であり、その裏の顔である影の首領(ボス)として描かれました。

彼はNGLの地下に巨大な麻薬の生産拠点を築き、「D2」と呼ばれる強力な麻薬を世界中に密売していた張本人です。

しかし、突如として現れたキメラアントの襲撃により、ジャイロは命を落とします。

物語はここで終わるはずでした。

恐ろしいのは、ここからです。

彼はキメラアントの兵隊として生まれ変わったのですが、なんと「キメラアントの女王による絶対的な統制」を、己の強い意志だけで完全に拒絶したのです。

生まれ変わったアリたちの多くは、多かれ少なかれ女王への本能的な従属や、生前の未練に引きずられていました。

しかし、ジャイロだけは違った。

彼は人間だった頃の記憶、自我、そして世界への強烈な悪意をすべて保持したまま、キメラアントの巣を後にします。

その後、彼は東ゴルトー共和国の町で、偶然にもゴンと同じ町に滞在していました。

原作では、二人がすれ違うシーンが描かれています。

二人が出会うまで解らない

作中でそう語られたナレーションの通り、彼らはお互いの存在に気づくことなく、ジャイロはそのまま流星街へと去っていきました。

これが、原作で描かれているジャイロに関する動かぬ事実です。

ジャイロに囁かれる謎の数字「880」の正体とは?

「ハンターハンターのジャイロとは」と検索すると、なぜか「880」という掛け合わせキーワードが浮上してきます。

この数字は、一体何を意味しているのでしょうか?

結論から言うと、原作において「880」という数字がジャイロと直接結びつく描写や設定は存在しません。

これは、原作に根拠のない、ネット上の考察やファンの期待から生まれた噂です。

では、なぜこれほどまでに「880」という数字が囁かれているのか。

ファンの間で語られている主な説を、整理してみました。

説の名前 説の概要と内容 原作における信頼度
「第880話」再登場説 物語の進行度から逆算し、ジャイロが表舞台に再登場するのが「第880話」付近になるという推測。 【考察】根拠はありません。現在の休載状況や執筆ペースを考慮したファンによる、一種のネタ的な期待値と言えます。
名前の暗号(数秘術)説 「GYRO」というアルファベットを何らかの数値に変換し、計算すると「880」になるという説。 【考察】根拠はありません。公式からのアナウンスはなく、深読みによるこじつけの可能性が高いです。
D2の隠されたコード説 ジャイロが製造していた麻薬「D2」の開発番号、あるいは裏ルートの取引コードが「880」であるという説。 【考察】根拠はありません。作中では「D2」という名称以外、具体的な数字は一切描かれていません。

このように、「880」という数字そのものに原作の裏付けはありません。

ですが、これほどまでにファンが深読みし、何かしらの意味を見出そうとしてしまうこと自体が、ジャイロというキャラクターの持つ「不気味な魅力」を物語っている気がしてなりません。

女王の支配すらねじ伏せた、ジャイロの「異常性」

なぜジャイロは、キメラアントの女王による絶対的な遺伝子の支配を拒絶できたのでしょうか。

その答えは、彼の凄惨な生い立ちと、それによって形成された「完璧な自我」にあります。

ジャイロは幼少期、世間の光から隔絶された、極めて過酷な境遇で育ちました。

父親という唯一の絶対的な存在から、人間としての温もりを一切与えられないまま、ただの道具のように扱われていたのです。

それでも、彼は耐えました。

「自分がどんなに惨めでも、父親は自分を必要としてくれているはずだ」という、たった一つの希望を抱いていたからです。

しかし、その希望は、あまりにも残酷な形で打ち砕かれます。

父親が自分に言い聞かせていたセリフの本当の意味を知ったとき、彼の世界は完全に崩壊しました。

他人に迷惑をかけるな

一見、道徳的に思えるこの言葉が、実は「お前がどうなろうと他人はお前に関心がない」という、完全な拒絶のメッセージだったと気づいたのです。

※ここに自作の関係図(ジャイロの精神構造と悪意の覚醒)

信頼していた唯一の存在から突きつけられた、絶対的な孤独。

その絶望が裏返った瞬間、彼は父親を自らの手で退場させ、世界への復讐を誓う怪物へと変貌を遂げました。

彼の心を満たしたのは、悲しみでも怒りでもなく、「世界中に悪意をばら撒く」という、極めて純粋で、強固な目的意識だったのです。

キメラアントの女王が、どれほど強力な本能的支配を投げかけようとも、ジャイロの持つ「世界への悪意」という自我の方が、はるかに肥大化し、完成されていました。

女王のフェロモンすら侵食できなかった彼の精神構造は、作中でも唯一無二の異常性と言えます。

ゴンとジャイロは本当に再会するのか?「光と影」の考察

ここからは、僕独自の視点で、ジャイロという存在が物語に果たす役割を考察させてください。

僕は、ジャイロこそが「主人公ゴンの、究極の影」として配置されたキャラクターなのではないか、と考えています。

これ、めちゃくちゃ怖くないですか?

ゴンという少年は、一見すると純粋無垢な「光」そのものです。

しかし、作中でビスケが指摘したように、ゴンは「善悪に頓着がない」という、非常に危うい純粋さを持っています。

自分の信じるもののために、自らを顧みずに突き進む危うさ。

キメラアント編の終盤で、ピトーに対してゴンが見せたあの「狂気」は、まさにその危うさが爆発した姿でした。

一方で、ジャイロは「純粋な悪意」そのものです。

お互いに、極端なまでに「純粋」なのです。

現在、ゴンはキメラアント編を経て、念能力(オーラを操る技術)が使えない状態のまま、故郷であるくじら島に戻っています。

そして、ジャイロは流星街へと向かい、そこで再び自らの帝国を築こうとしているとされています。

この二人がいつか出会うのだとしたら、それは単なる「正義のヒーローが悪いボスを倒す」といった、単純な勧善懲悪の戦いには絶対になりません。

念能力を失い、自分の生き方を見つめ直しているゴン。

世界を呪い、悪意をばら撒き続けるジャイロ。

この二人が対峙したとき、ゴンは「人間としての本当の強さ」を問われることになるのではないでしょうか。

キメラアントの王・メルエムは、人間の温もりを知ることで「人間」に近づいていきました。

しかしジャイロは、人間の悪意を極限まで煮詰めたまま、キメラアントという「化け物」の力を手に入れてしまった存在です。

作者が、これほど対比の効いた魅力的なキャラクターを、単なる未回収の伏線で終わらせるとは思えません。

彼らが相まみえるその瞬間、物語はこれまでにない暗黒と、それを超える光を描き出すことになるはずです。

ジャイロの謎と伏線まとめ

最後に、ジャイロに関する事実と考察を、分かりやすく整理しておきます。

  • 【事実】ジャイロはNGLの創設者であり、世界中に悪意を届けるために強力な麻薬「D2」を密売していた。
  • 【事実】キメラアント化したが、人間時代の記憶と悪意が強すぎたため、女王の統制を完全に拒絶して離脱した。
  • 【事実】原作20巻付近にて、ゴンとキルアが滞在していた町でわずかにすれ違っているが、お互いに気づかなかった。
  • 【考察】「880」という数字には原作の根拠がなく、再登場のタイミングや暗号を期待するファンの間で自然発生した噂である。
  • 【考察】ジャイロはゴンの「影」であり、二人の再会はゴンの人間としての再起や、善悪の価値観を揺るがす最大の試練となる可能性が高い。
  • 【注意】現在の単行本収録範囲(王位継承戦・暗黒大陸編)においては、ジャイロの具体的な動向は描かれていません。

ジャイロという男は、登場回数こそ極めて少ないものの、作品全体のテーマである「人間の底知れぬ悪意」を一身に背負った、恐るべきキャラクターです。

彼が次に向かったとされる「流星街」ですが、ここにはあの幻影旅団のルーツもありますよね。

もし彼が、流星街で新たな動きを見せているのだとしたら、旅団のメンバーたちとも何らかの接触があったのではないか……そんな妄想も膨らんでしまいます。

この、ジャイロと流星街、そして幻影旅団との不穏な関係性については、こちらの流星街とジャイロの繋がりを徹底追跡した考察記事で、さらに深く語っています。

ぜひ、次の夜更かしのお供に読んでみてください。

作品の底に流れる、あのゾクゾクするような悪意の行方を、これからも一緒に見届けていきましょう。

2026年7月13日月曜日

H×H第1話考察!ゴンの旅立ちとカイトの登場に隠された衝撃の伏線

世界中で愛される大人気漫画『HUNTER×HUNTER(ハンターハンター)』。そのすべての始まりである第1話には、実はのちの展開を左右する、ある『決定的な秘密』が隠されているのをご存じでしょうか。ただの王道少年漫画のスタートに見えて、実は非常に緻密に計算された伏線が張り巡らされているのです。今回は、コミックス第1巻に収録されている記念すべき第1話を徹底的に考察していきます!

なお、本記事は最新話までのネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

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H×H第1話のあらすじをおさらい!ゴンの旅立ちの原点とは?

結論からお伝えすると、第1話は、くじら島で育った少年ゴンが、偉大なプロハンターである父親「ジン」に会うため、ハンター試験を受ける旅立ちを描いた物語です。

自然豊かな「くじら島」に住む12歳の少年ゴン・フリークスは、幼い頃に両親を亡くしたと聞かされて育ちました。育ての親である「ミトさん」から、島で一番の巨大魚「沼の主」を釣り上げたらハンター試験の受験を認める、という条件を突きつけられます。見事に沼の主を釣り上げたゴンは、かつて自分をキツネグマの襲撃から救い、父親のジンが生きていることを教えてくれた恩人「カイト」との思い出を胸に、島を旅立ちます。これが、のちに世界を揺るがすハンター・ゴンのすべての始まりとなるエピソードです。


第1話で見逃せない最大の見どころは?

結論として、第1話の最大の見どころは、ゴンの規格外の野生児ぶりと、カイトから受け取った「父親ジンの情報」という2つの要素にあります。

第1話には、のちの物語を語る上で欠かせない名シーンや重要な設定が詰め込まれています。特に注目したいポイントをリストにまとめました。

  • 沼の主を釣り上げるゴンの超人的な身体能力:大人の男たちが何人も集まってもびくともしなかった巨大魚を、ゴンはたった一本の釣竿で釣り上げてしまいます。
  • キツネグマの子供との交流:動物たちの言葉を理解するかのような鋭い五感や、心を通わせる優しさが描かれており、ゴンの非凡な才能が垣間見えます。
  • カイトとの衝撃的な出会い:ゴンに「ハンター」という職業の偉大さと、父親ジンの存在を強く意識させるきっかけとなりました。

カイトが残していったジンのハンターライセンスは、ゴンにとって生涯の宝物であり、旅の目的そのものになるのです。

カイトの登場シーンに隠された「驚きの伏線」とは?

結論から言うと、第1話におけるカイトの登場と「ある発言」は、のちの「キメラアント編」の結末まで繋がる超長期的な伏線となっています。

実は、コミックス版の第1話でカイトが登場するこの名シーンは、のちの物語を考察する上で最も重要と言っても過言ではありません。なぜなら、カイトはゴンにとっての「人生の導き手」であると同時に、後にゴンの心を絶望の底に突き落とし、そして「ゴンさん」へと急成長させる引き金になる人物だからです。第1話でカイトは、ジンのことを「世界一偉大なハンター」だとゴンに語りました。この言葉がゴンの心に強く植え付けられたからこそ、ゴンはジンに憧れ、ジンの弟子であるカイトを深く慕うようになります。また、カイトがゴンの命を救った際に「一流の猟師(ハンター)は動物に好かれちまう」という言葉を残していますが、これはのちにゴンが数々の魔獣や念能力者と心を通わせていく才能の伏線だったと思われます。第1話の時点ですでに、数百話先までのゴンの運命が決まっていたかのような構成の美しさには、原作者である冨樫義博先生の圧倒的な構成力を感じざるを得ません。

ミトさんが隠していた「もう一つの真実」とは?

結論として、ミトさんがゴンに父親ジンのことを隠していたのは、ゴンを過酷なハンターの世界から守りたいという、深い愛情ゆえの「嘘」だったと考えられます。

第1話で印象的なキャラクターといえば、ゴンの育ての親であるミトさんです。彼女はゴンに対して「父親は事故で死んだ」と嘘をついていました。なぜミトさんはそんな嘘をついたのでしょうか。その理由は、ジンがハンターとして家庭を顧みずに旅立ったことへの怒りと、ゴンが父親と同じように自分を置いて危険な世界へ行ってしまうことへの恐怖があったからだと思われます。ミトさんにとって、ジンは幼馴染でありながらも、大切な家族を奪っていった存在でした。ゴンには普通の男の子として、くじら島で平和に暮らしてほしいと願うのは、母親代わりとして当然の感情です。しかし、最終的にゴンが沼の主を釣り上げた時、ミトさんはゴンの固い決意を認め、涙ながらに旅立ちを許します。このミトさんの複雑な葛藤と愛情が丁寧に描かれているからこそ、ゴンの旅立ちのシーンは、単なる冒険の始まり以上の感動を読者に与える名シーンとなったのです。

まとめ:第2話へ続くワクワクの旅立ち

結論として、ハンターハンターの第1話は、これ以上ない完璧なプロローグであり、次なる出会いへの期待を最大級に高めてくれるエピソードです。

くじら島をあとにしたゴンを乗せた船は、ハンター試験の会場へと向かいます。そこで待ち受けるのは、一体どのような試練なのでしょうか。そして、船の中で出会うことになる個性豊かな仲間たち――クラピカやレオリオとの出会いが、すぐそこまで迫っています。第1話で描かれたゴンのまっすぐな瞳と、強い決意。彼の冒険がどのように転がっていくのか、第2話のページをめくる手がどうしても止まらなくなってしまいますね。今一度、この原点である第1話を読み返して、ゴンの旅立ちのワクワク感を再体験してみてはいかがでしょうか!